2008年 3月 03日
Makiのデビュー(担当者の新旧交代)
Yumiが筋トレの担当から離れることになりました。私が米国系の企業
通信メーカーの日本法人にいたころ、仕事上のお付き合いで知り合い
ました。
お互い責任者どうしで、私が彼女がいた会社に代理店及びエンドユー
ザ向けの製品のトレーニングを委託する立場にいたときです。正式に
御会いしたのが2001年11月30日ですから、もう6年3ヶ月のお付き合い
になります。
データ系の通信機器であれば書店にシスコの製品の書籍が山のように
あります。しかし音声系(電話)の通信機器はメーカにより異なり、
それも職人の世界つまり経験がないとなかなか理解できないものなの
です。
エンジニアが一人前になるのも最低2年はかかります。私の部下が、
トレーニング担当で、Yumiの部下を教育するのですが、全て不合格な
のです。何度も何度もやるのですが、合格に至りません。
確か人も二人くらい挑戦したと思います。Yumiは、営業もやり、トレ
ーニング部門をまとめていました。そんなときに彼女自身がトレーナ
ーとして立ち上がりました。
ところがものすごい努力をされたのでしょう。一発合格です。圧倒的
努力といって良いでしょう。私としては大感激で彼女の会社の社長さ
んにお礼のEメールを打ちました。誠実で最後までやり抜くお客を裏
切らない態度は今も昔も変わっていませんでした。
Yumiは、2003年8月20日執行役員になっていましたが会社を退職して、
ある会社でコーチングのビジネスを立ち上げるべく転職されました。
彼女自身もコーチとしての資格をとり、B-to-Bで、経営者やマネジャ
ーにコーチングのトレーニング、個人コーチングをしたり各種企業ト
レーニングをしていました。
この時点では私がコーチングをやるとは思ってもいませんでした。
同9月5日彼女の送別会をして差し上げました。その年は、100名程度
の会社で33名がリストラされる状態でした。次は、自分がリストラ
される、そんな思い出「週末起業フォーラム」に入会して将来のリ
ストラに備えました。
ですから送別会では、私が作った今から考えると非常に貧弱なビジネ
スプランが10個ほどありそれをYumiにレビューして戴きました。
ほとんどが彼女の基準からするとダメでした。しかし、メルマガだけ
は、行けそうだと判断して戴きました。
そして同年12月5日、Yumiが「英語筋トレ」を発行することを承諾し
てくれました。
私がメルマガの基本デザインをしました。私は当時1日3センテンス
を主張していましたが、毎日発行するのだから1センテンスにしよう
と提案してくれました。また、タイトルも彼女が提案したものを採用
しました。
そして、「記憶のメカニズム」についてTakakoを含め3人でいろいろ
考えている中で「復習機能」それも徹底したものを採用することを決
定しました。
今考えると基本設計がしっかりしていたために2万人を越える読者の
方たちに受け入れられていると思います。Yumiの貢献が今も生きてい
ます。これを大事に守って行きたいと思います。
今までいろいろと公私ともにお世話にになりました。本当に感謝して
います。ありがとうございました。
51歳までの超マイナス人生を3ヶ月で克服した私ですが、その後の2
年は、学ぶことにお金を使い「感情のコントロール」を主とした、コ
ーチングスキルを超一流の人たちから学んで来ました。
そして、去年の12月の下旬からは、第二フェーズの成長へ向けた動き
を開始しました。
クリス岡崎氏が私の師匠であり恩人であることに変わりはありません
が、マイケル・ボルダックの本物のコーチングスキルに触れたり、鳥
居祐一氏のメンタープログラムに入ったりしてさらなる成長を続けた
いと思っています。
そんな中で知り合ったのが、Makiです。女性としてすごく輝いていま
す。私と価値感がものすごく似ています。私が求めているものとも合
致しています。もっともっと成長しようという点も同じです。
きっと皆様とMakiが御会いすることもあると思います。明日火曜日に
編集後記でデビュー致します。よろしくお願い致します。
